史跡を巡る歴史の憧憬               川村一彦

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 18・「天の岩戸の神々」

根の国1『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)

18・「天の岩戸の神々」

「天の岩戸の神々」、日本神話に登場する、岩でできた洞窟である。天戸(あまと)、天岩屋(あまのいわや)、天岩屋戸(あまのいわやと)ともいい、「岩」は「磐」あるいは「石」と書く場合もある。太陽神である天照大神が隠れ、世界が真っ暗になった岩戸隠れの伝説の舞台である。誓約で身の潔白を証明した建速須佐之男命は、天原に居座った。そして、田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりの乱暴を働いた。他の神は天照大神に苦情をいうが、天照大神は「考えがあってのことなのだ」とスサノヲをかばった。しかし、天照大神が機屋で神に奉げる衣を織っていたとき、建速須佐之男命が機屋の屋根に穴を開けて、皮を剥いだを落とし入れたため、驚いた1人の天の服織女は(ひ)が陰部に刺さって死んでしまった。ここで天照大神は見畏みて、天岩戸に引き篭った。高天原葦原中国も闇となり、さまざまな禍(まが)が発生した。そこで、八百万の神々が天の安河の川原に集まり、対応を相談した。思金神の案により、さまざまな儀式をおこなった。常世の長鳴鳥()を集めて鳴かせた。鍛冶師の天津麻羅を探し、伊斯許理度売命に、天の安河の川上にある岩と鉱山の鉄とで、八咫鏡(やたのかがみ)を作らせた。玉祖命に八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠(八尺瓊勾玉・やさかにのまがたま)を作らせた。天児屋命太玉命を呼び、雄鹿肩の骨とははかの木で占い(太占)をさせた。賢木(さかき)を根ごと掘り起こし、枝に八尺瓊勾玉と八咫鏡と布帛をかけ、フトダマが御幣として奉げ持った。アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄神が岩戸の脇に隠れて立った。天宇受賣命が岩戸の前にを伏せて踏み鳴らし、神憑りして胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。これを聞いた天照大神は訝しんで天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているのに、なぜ、天宇受賣命は楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです」というと、天児屋命と太玉命が天照大神に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿をその貴い神だと思った天照大神が、その姿をもっとよくみようと岩戸をさらに開けると、隠れていたアメノタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」といった。こうして天照大神が岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。八百万の神は相談し、須佐之男命に罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した[5]

★登場する神々

●思金神=オモイカネ(おもひかね)は、日本神話に登場する知恵を司る神である。『古事記』では思金神、常世思金神、『日本書紀』では思兼神、『先代旧事本紀』では思金神、常世思金神、思兼神、八意思兼神、八意思金神と表記する。高皇産霊尊の子とされるが、常世の神とする記述もある。名前の「おもひ」は「思慮」、「かね」は「兼ね備える」の意味で、「数多の人々の持つ思慮を一柱で兼ね備える神」の意である。思想や思考、知恵を神格化したものと考えられている。「八意」(やごころ)は多くの知恵という意味であり、また立場を変えて思い考えることを意味する。高天原の知恵袋といっても良い存在である。最も有名な話では、岩戸隠れの際に、天の安原に集まった八百万の神に天照大神を岩戸の外に出すための知恵を授けたこととされている。葦原中国平定では、葦原中国に派遣する神の選定を行っている。その後の天孫降臨瓊々杵尊に随伴した。知恵の神、学問受験の神として信仰されており、秩父神社埼玉県秩父市)、阿智神社長野県下伊那郡阿智村)などに祀られている。また天気に関する唯一の神社、気象神社(東京都杉並区)にも祀られている。 また、江戸時代後期の国学者・平田篤胤の説では、この神は天児屋命と同一神であるとしている。また、この神は、家を建てる際の建前と関係のある手斧初の儀式の際に祭られる神ともされている(手置帆負命(たおきほおひのみこと)彦狭知命(ひこさしりのみこと)の二神と、現地の産土神もしくは思兼神を祭る)。

 

天宇受売(あめのうずめ)(みこと)=『古事記』では天宇受売(あめのうずめ)(みこと)と表記、『記紀』神話にアマテラス大神の天の岩戸の前で神がかりで踊った女神。天孫降臨では、天の児屋根・大玉命・などと地上界に降った。また猿田彦を鎮座すべき所に送って行き、子孫を猿女君といった。アメノウズメ(アマノウズメ)は、日本神話に登場する。「岩戸れ」の伝説などに登場する芸能の女神であり、日本最古の踊り子と言える。一説に別名「宮比神」(ミヤビノカミ)[1]大宮売神(オオミヤノメノカミ)と同一視されることもある古事記』では天宇受賣命、『日本書紀』では天鈿女命と表記する。岩戸隠れで天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。思兼神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。このように記述されている。 「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき。」 つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を股に押したれて、女陰をあらわにして、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力雄神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎ)が天降ろうとすると、高天原から葦原中国までを照らす神がいた。アマテラスと高木神に、「手弱女だが顔を合わせても気後れしない(面勝つ)からあなたが問いなさい」と言われたアメノウズメが名を問い質すと、その神は国津神猿田彦と名乗り、道案内をするために迎えに来たと言った。アメノウズメは天児屋命(あめのこやね)、太玉命(ふとだま)、玉祖命(たまのおや)、石凝姥命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一人としてニニギに随伴して天降りした。アメノウズメはサルタヒコの名を明かしたことからその名を負って仕えることになり、猿女君の祖神となった。一説にはサルタヒコの妻となったとされる。アメノウズメは大小の魚を集めて天孫(ニニギ)に仕えるかどうか尋ねた。みな「仕える」と答えた中でナマコだけが何も答えなかったので、アメノウズメはその口を小刀で裂いてしまった。それでナマコの口は裂けているのである。

 

天児屋(あまこや)命=天児屋命(あめのこやねのみこと)は、日本神話に登場する神社の祭神としては天児屋根命とも表記される。春日権現(かすがごんげん)、春日大明神とも呼ぶ。居々登魂命(こごとむすび)の子で、妻は天美津玉照比売命(あめのみつたまてるひめのみこと)。天押雲命の父。岩戸隠れの際、岩戸の前で祝詞を唱え、天照大神が岩戸を少し開いたときに太玉命とともに鏡を差し出した。天孫降臨の際瓊瓊杵尊に随伴し、古事記には中臣連の祖となったとある。 名前の「コヤネ」は「小さな屋根(の建物)」の意味で、託宣の神の居所のことと考えられる。 また、江戸時代後期の国学者平田篤胤の説では、この神は思兼神と同一神であるとしている。

 

伊斯許理(いしこり)()()(みこと)=『記紀』の神話に出てくる、天の岩戸の時に鏡を作った神、鏡造り部の遠祖。五部神の一神。イシコリドメまたはイシコリトベは、日本神話に登場するである。作鏡連(かがみづくりのむらじ)らの祖神、天拔戸または天糠戸の子とされている。『古事記』では伊斯許理度売命、『日本書紀』では石凝姥命または石凝戸邊命と表記されている。岩戸隠れの際に八咫鏡を作った。ちなみに日前神宮・國懸神宮和歌山市)には八咫鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡(ひがたのかがみ・ひぼこのかがみ)がある。日像鏡は日前神宮の神体、日矛鏡は國懸神宮の神体となっている。天孫降臨の際瓊瓊杵尊(ににぎ)に附き従って天降るよう命じられ、天児屋命(あめのこやね)、太玉命(ふとだま)、天鈿女命(あめのうずめ)、玉祖命(たまのおや)と共に五伴緒の一人として随伴した。

 

天手(あまた)力男(じからお)(かみ)=腕力、筋力など力の強い男神。アメノタヂカラオ(アメノタヂカラヲ)は、日本神話に登場する。『古事記』では天手力男神、『日本書紀』では天手力雄神と表記される。名前は「天の手の力の強い男神」の意であり、腕力・筋力を象徴する神であることがうかがえる。岩戸隠れの際は岩戸の脇に控えており、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせた時、アマテラスを引きずり出して(『日本書紀』の一書や『古語拾遺』では「引き開けて」)、それにより世界に明るさが戻った。天孫降臨の際、アマテラスが三種の神器オモイカネ、タヂカラオ、天石別神を副えたとあり、その後伊勢の佐那県(三重県多気町佐奈)に鎮座したとしている。

 

●玉祖命=天の岩戸の際に勾玉を作った神。玉祖連の祖。玉祖命(たまのおやのみこと)は、日本神話に登場するである。玉造部(たまつくりべ)の祖神とされる。『古事記』にのみ登場する。『日本書紀』にはこの名前の神は登場しないが、同神と見られる神が登場する。岩戸隠れの際に八尺瓊勾玉(ヤサカニノマガタマ)を作った。天孫降臨の際瓊瓊杵尊(ににぎ)に附き従って天降るよう命じられ、天児屋命(あめのこやね)、布刀玉命(ふとだま)、天宇受売命(あめのうずめ)、伊斯許理度売命(いしこりどめ)と共に五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の岩戸隠れの段では、八尺瓊勾玉を作ったのは「玉造部の遠祖・豊玉神(とよたまのかみ)」(第二の一書)、「玉作の遠祖、伊弉諾尊の児・天明玉命(あめのあかるたまのみこと)」(第三の一書)としている。どちらも玉造部の祖としていることから玉祖命と同神と考えられる。

 

●布刀玉命=天の岩戸にアマテラス大神を出す際に鏡を差し出した神、また占いの神、ニニギ神に落とし降臨した際にお供した神。フトダマは、日本神話に登場する。『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命(あめのふとだまのみこと)と表記する。忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。出自は『記紀』には書かれていないが、『古語拾遺』などでは高皇産霊尊(たかみむすび)の子と記されている。岩戸隠れの際、思兼神が考えた天照大神を岩戸から出すための策で良いかどうかを占うため、天児屋命とともに太占(ふとまに)を行った。 そして、八尺瓊勾玉八咫鏡などを下げた天の香山の五百箇真賢木(いおつまさかき)を捧げ持ち、アマテラスが岩戸から顔をのぞかせると、アメノコヤネとともにその前に鏡を差し出した。天孫降臨の際には、瓊瓊杵尊に従って天降るよう命じられ、五伴緒の一人として随伴した。『日本書紀』の一書では、アメノコヤネと共にアマテラスを祀る神殿(伊勢神宮)の守護神になるよう命じられたとも書かれている。

★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

 

 

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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 16・天照大神と須佐之男命の説話

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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)

16・天照大神と須佐之男命の説話

 

イザナキ神は(みそぎ)から生まれた数々の神々の子神にたいそう喜ばれ、中でも三貴公子には特別な喜びと神々の未来を託す「(ぶん)()」を示された。

アマテラス大神には天上界を治めなさい。次にツクヨム神(月読命)には夜の世界を治めなさい。次にスサノヲ神には夜の世界を治めなさい。

イザナキ神より委任された三貴公子の中でスサノヲ神だけが身形もだらしなく、長い間、泣きわめき、青々とした山々はその水分が取られてその涙になり、枯れ山になってしまい、海、川の水量は減り干し上がってしまう程であった。

そのため地上は荒れ果て悪神がはびこるようになった。そこでイザナキ大御神はイザナキ神に泣く理由を尋ねられた。

「母が恋しく、母の根之堅洲国に会いに行きたく思い泣いております」とスサノヲ神は答えた。

イザナキ大御神は怒られて「お前はこの国に住むな」と言って追放をされた。

追放されることになったスサノヲ神は一言挨拶をした思いで、姉のアマテラス神に挨拶をして根之国にいこうと高天原に上がられて行った。

その時に、高天原は山、川が大きく揺れ動き、国土が地震の様に震えた。

これを知ってアマテラス神はきっと高天原を奪い取りに来るに違いが無いと、神々に告げられた。

そこでスサノヲ神の行為を阻止せんと男神の髪型に左右の手には勾玉を多数の紐に貫いた幾連にも巻き付け、鎧の身を固め五百本入りの矢入れを装着、腕には威勢の良い竹の鞆を付けて弓は一杯張りつめて、固い地面にくい込むように踏み入れ、完全武装でスサノヲ神を待ち受けられていた。

スサノヲ神に向かって「何のわけあって天上に参った」と問われた。

スサノヲ神は答えて「私には邪心もございません」と言い訳けがましく、アマテラス大神に地上の国に行くので挨拶に来ただけだと説明をした。

それならば邪心のないことを、また潔白を証明をするように言った。

「それならば互いに約束を守る誓約をしましょう」そこで天の安の河を間に挟み、まずアマテラス神が先にスサノヲ神の十拳の剣を三つの折り、口に含み嚙み吐き出し、息の霧に出現した神の名前がタギリビメ神・イチキシマヒメ神・タキツヒメ神の三女神が生まれた。

次にスサノヲ神がアマテラス大神の左髪に巻いてある大きな勾玉を、玉の音さややかに響かせ、口の中に含ませて、嚙み砕き生きよい良く息の霧の中から出現した神が、皇継となるマサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミ神(天之忍穂耳命)、次にアメノホヒノ神、次にアマツヒコネ神、次にイクツヒコネ神、次にクマノクスビ神の五神が生まれた。

誓約が終わってアマテラス大神はスサノヲ神に向かって言った。「先に生まれた三女神はあなたの子です。後から生まれた五神は私の子です」と区別をされた。

この二人の神の誓約が何を意味するか理解しがたいが、互いに身の潔白を示す意思表示かも知れない。また天上界、地上界万物に周知させる「公言・契約」の意味が込められている。

アマテラス大神とスサノオ神の対峙は武力を持ても辞さない確執を表している。アマテラス大神がスサノヲ神を迎え討つときの形相はその武装を見ても(うかが)える。

またその武具にも神話世界から古代の世界に推測できるものがある。

 

★追放されることになってスサノヲは「アマテラス大神にことの次第を言ってから根之堅洲国に行こう」と高天原に登って行こうとした時に山や川の自然界が揺れ動き国土の皆は恐れ震えた。

この様子を知ったアマテラス大神は「弟は高天原に来るには善意で来るわけがない高天原を侵略しようして来るに違いがない」と言われ武装をすることに決意された。

アマテラスは心身構えて、髪型や左右の(みずら)男装の出立で左右の手に勾玉を数珠(じゅず)(ひも)に通して巻き付けて、鎧に背中には千本入りの矢入れを背負い、左腕には威勢の良い竹の鞆を付けて、弓は腹が見える程に振り立てて、固い地面をしっかと踏みつけ勇ましくスサノヲを待ち受けていた。

「何の用あって上がって来たのか」と厳しい口調で問うた。

「私の何の邪心もありません。イザナキ大神に自分が泣きわめくのを問われ『亡き母上の国に行きたいと声を上げないているのです』と申しました。そこでイザナキ大神の言葉があって、お前はこの国に住むな」と言われ追放されました。

そこで事の次第を申したいと思い参上しました。

アマテラス大神は「それならばお前の心が潔白であると言う事が分るでしょう」

スサノヲ神は提案をして「誓約(うけい)の誓いを立て子産ませましょう」と申した。

こうしてそれぞれが天の安の河を挟んで誓い言を立てた。

アマテラス大神はスサノヲ神の十拳を取って三つに折って、その()(つか)を天真名井の中に振り漱ぎ、口の中にみ砕いて勢い良く吐き出した息の霧の中に出現した神が多紀理毗(たきりびめ)市寸島比売(いちきしまひめ)(みこと)多岐都比売(たぎつひめ)(いのち)の三女神が生まれた。

続いてスサノヲ神がアマテラ大神スの左側の髪に巻いてある大きな勾玉を多数束ねた数珠状の玉の天真名井の中に振り漱ぎ口の中に含み、み砕き勢い良く吐き出した。

息の霧の中から出現した神の名は、正勝吾勝速(まさかつあかつはや)日天之(ひあめの)(おし)()(みみ)(みこと)

次に右の髪に巻いてある数珠玉を噛み砕いて出現した神の名は、天之菩卑(あまのほひ)(みこと)。次に髪飾りから天津(あまつ)日子(ひこ)()(みこと)

次に左手の数珠玉から活津(いくつ)日子(ひこ)()(みこと)。次に右手の数珠玉から熊野久須(くまのくすび)(みこと)が出現し合わせ五神。

誓約が終わってアマテラス大神がスサノヲ神に向かって「後から生まれた五神の男子は、素は自分の物から成った。

だから我が子です。先に生まれた三女神の素はあなたの物から成ったので、あなたの子です」と告げられた。

 

★この場面からアマテラス大神の天つ国とスサノヲ神の国つ神の棲み分けが生じる。天つ神と国つ神の誓約によってアマテラス大神に男子の五神、スサノヲ神に三女神が生まれた。

イザナキ神・イザナキ神のように男女の交合によって子孫を作ることなく、誓約と言う約束ごとで後継を決めることは『古事記』の記述の中では特異な場面である。三女神については九州は宗像大社に祀られている三座大神である。

九州の氏族の勢力を表わし、アマテラスの子の天之菩卑(あまのほひ)(みこと)は出雲地方の国造、天津(あまつ)日子(ひこ)()(みこと)は瀬戸内海から大和にかけての豪族の国造、祖神になっている。

アマテラスとスサノヲの誓約は融和を表わす行為として示されたのかも知れない。

 

●誓約・神に祈って成否や吉兆(きっちょう)を占う事。(神代時代)誓約の説話・解釈・

誓約の儀式、所作は複雑で記述を省略、イザナキ大神より授けられた、天照大御神の勾玉とスサノヲ命に授けられた剣に誓って約束される。

勾玉(まがたま)から生まれた五男神は素は自分の物から成ったと天照大御神は宣言、先に剣から生まれた三女神はスサノヲ命の素の物から生まれたのであなたの物と神子に区別を付けた。★歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

 

 

 

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 7・「国産みのしくみ」 日本の国土創世譚を伝える神話である。

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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
7・「国産みのしくみ」
日本の国土創世譚を伝える神話である。イザナギとイザナミの二柱の神は天の橋にたち矛で混沌をかき混ぜ島をつくる。そして、『古事記』などではその後2神で島を産んだのである。なお、国生みの話の後には神産み(かみうみ)が続く。以下、この記事では『日本神話』での大八島(おおやしま)の形成の過程を記す。
『古事記』によれば、大八島は次のように生まれた。
伊邪那岐(イザナギ)・伊邪那美(イザナミ)の二柱の神は、別天津神(ことあまつがみ)たちに漂っていた大地を完成させるよう命じられる。別天津神たちは天沼矛(あめのぬぼこ)を二神に与えた。伊邪那岐・伊邪那美は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛で渾沌とした大地をかき混ぜる。このとき、矛から滴り落ちたものが積もって淤能碁呂島(おのごろじま)となった。
二神は淤能碁呂島に降り、結婚する。まず淤能碁呂島に「天の御柱(みはしら)」と「八尋殿(やひろどの、広大な殿舎)」を建てた。『古事記』から引用すると、
島産み・ここからこの二神は、大八島を構成する島々を生み出していった。産んだ島を順に記すと下のとおり。
●淡道之穂之狭別島【淡路島】
●伊予之二名島【四国】・胴体が1つで、顔が4つある。顔のそれぞれの名は以下の通り。★愛比売(えひめ):伊予国★飯依比古(いひよりひこ):讃岐国★大宜都比売(おほげつひめ):阿波国(後に食物神としても登場する)★建依別(たけよりわけ):土佐国
●隠伎之三子島【隠岐島】・別名は天之忍許呂別(あめのおしころわけ)
●筑紫島【九州】・胴体が1つで、顔が4つある。顔のそれぞれの名は以下の通り。★白日別(しらひわけ):筑紫国★豊日別(とよひわけ):豊国★建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよじひねわけ):肥国★建日別(たけひわけ):熊曽国
●伊伎島【壱岐島】・別名は天比登都柱(あめひとつばしら)
●津島【対馬】・別名は天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)
●佐度島【佐渡島】
●大倭豊秋津島【本州】・名は天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)・以上の八島が最初に生成されたため、日本を大八島国(おおやしまのくに)という。二神は続けて6島を産む[5]。★吉備児島(きびのこじま):児島半島★別名は建日方別(たけひかたわけ)★小豆島(あづきじま):小豆島★別名は大野手比売(おほのでひめ)★大島(おほしま):周防大島★別名は大多麻流別(おほたまるわけ)★女島(ひめじま):姫島★別名は天一根(あめひとつね)★知訶島(ちかのしま):五島列島・別名は天之忍男(あめのおしを)★両児島(ふたごのしま):男女群島・別名は天両屋(あめふたや)※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 6・伊弉諾(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)

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『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
6・伊弉諾(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)
●イザナギ(伊弉諾/伊邪那岐/伊耶那岐)またはイザナキは、日本神話に登場する男神。『古事記』では伊邪那岐命、『日本書紀』では、伊弉諾神と表記される。イザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)の兄であり夫。アマテラスやスサノオ等多くの神の父神であり、神武天皇の7代先祖とされる。
天地開闢において神世七代の最後にイザナミとともに生まれた。国産み・神産みにおいてイザナミとの間に日本国土を形づくる多数の子を儲ける。その中には淡路島・本州・四国・九州等の島々、石・木・海(オオワタツミ・大綿津見神)・水・風・山(オオヤマツミ・大山津見神)・野・火など森羅万象の神が含まれる。
イザナミが、火の神であるカグツチ(軻遇突智、迦具土神)を産んだために陰部に火傷を負って亡くなる(イザナミの遺体にすがって泣いていると涙からナキサワメ(泣沢女神)が生まれる)。カグツチを殺し(その血や死体からも神が生まれる)、出雲と伯伎(伯耆)の国境の比婆山に埋葬した。
しかし、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉国(よみのくに)まで逢いに行くが、そこで決して覗いてはいけないというイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗して蛆にたかられ、八雷神(やくさのいかづちがみ)に囲まれたイザナミの姿であった。その姿を恐れてイザナギは逃げ出してしまう。追いかけるイザナミ、八雷神、黄泉醜女(よもつしこめ)らに、髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、黄泉の境に生えていた桃の木の実(意富加牟豆美命、おほかむづみ)を投げて難を振り切る。
黄泉国と地上との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)の地上側出口を大岩で塞ぎ、イザナミと完全に離縁した。その時に岩を挟んで二人が会話するのだが、イザナミが「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」というと、「それならば私は、1日1500の産屋を建てよう」とイザナギは言い返している。
その後、イザナギが黄泉国の穢れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」で禊を行なうと様々な神が生まれ、最後にアマテラス(天照大神)・ツクヨミ(月夜見尊月読命)・スサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた。イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。
しかし、スサノオが「妣国根之堅州国」(旧出雲国、現;島根県安来地方)へ行きたいと言って泣き止まないためスサノオを追放し、幽宮に篭った。日本書紀によれば淡道(淡路島、淡路市)の多賀に篭ったとされ、古事記では版により淡道(淡路島)と淡海(近江)との記述がある。(淡海は正しくは近淡海なので誤写の可能性が高い)
●イザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)は、日本神話の女神。伊弉諾神(伊邪那岐命、伊耶那岐命・いざなぎ)の妹であり妻。別名 黄泉津大神、道敷大神。天地開闢において神世七代の最後にイザナギとともに生まれた。オノゴロ島におりたち、国産み・神産みにおいてイザナギとの間に日本国土を形づくる多数の子をもうける。その中には淡路島・隠岐島からはじめやがて日本列島を生み、更に山・海など森羅万象の神々を生んだ。火の神軻遇突智(迦具土神・かぐつち)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せのちに亡くなるが、その際にも尿や糞や吐瀉物から神々を生んだ。亡骸は、『古事記』によれば出雲と伯伎(伯耆)の境の比婆山(現在の中国地方にある島根県安来市伯太町)に、『日本書紀』の一書によれば紀伊の熊野の有馬村(三重県熊野市有馬の花窟神社[5])に葬られたという。死後、イザナミは自分に逢いに黄泉国までやってきたイザナギに腐敗した死体(自分)を見られたことに恥をかかされたと大いに怒り、恐怖で逃げるイザナギを追いかける。しかし、黄泉国と葦原中津国(地上)の間の黄泉路において葦原中国とつながっている黄泉比良坂(よもつひらさか)で、イザナミに対してイザナギが大岩で道を塞ぎ会えなくしてしまう。そしてイザナミとイザナギは離縁した。この後、イザナミは黄泉国の主宰神となり、黄泉津大神、道敷大神と呼ばれるようになった。名前の「いざ」は「誘う(いざなう)」の意と考えられるが、諸説ある。ちなみに「な」は助詞、「み」は女性を表す語である。別名の黄泉津大神(よもつおおかみ)は黄泉国の主宰神の意、道敷大神(ちしきのおおかみ)は(黄泉比良坂でイザナギに)追いついた神という意味である。 このようにイザナミの神名からは多様な性格が読み取れる。また、比較神話学の見地から見るとイザナギ・イザナミ神話は各地の様々な神話を組み合わせて形成されたと考えられている。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記) 5・国生みと神生みの説話

天野沼保耕お

『古事記が描く説話の憧憬』全61回(楽しい古事記)
5・国生みと神生みの説話
夫婦神の最後に現れたのが瑞穂(みずほ)の国の創設者こそイザナキ神・イザナミ神の二神である。
天上界の神々は、二人の神に下界を治めよと命じられた。
そこでイザナキ神とイザナミ神は天上界から下界を見下ろした。
下界はただ波が漂い、其の果ても見えず水平線は遥か向こうに霞の彼方に何も見えない。
二人の神は協力をして、天の浮橋に立って「天の沼(ぬま)矛(ほこ)」をコオロコオロとかき混ぜ引き上げると矛先からポタリポタリと塩の雫が垂れて出来た島が「オロゴロ島」で二神は出来た島に降り立ち「天の御柱」と広い「八尋(やひろ)殿(でん)」を建てた。
オロゴロ島で互いに体の違いを見て、一体になる事を提案し交合の儀式始めた。
イザナキ神はたくましく、イザナミ神はなまめかしく、イザナキ神とイザナミノ神夫婦の契りの儀式は「天(あま)の御柱(みはしら)」を中に巡り廻ることから始まった。
男のイザナギ神は左回りにて「あなにやし、えおとめを」女のイザナミ神は右回りで「あなにやし、えをとこを」と愛の言葉を交わし交合された。
そして国生みに取りかかられ、最初に生まれた子は淡道の穂の狭(さ)別(わけ)嶋(しま)を生み・次に伊豫(いよ)の二名嶋を生み・次に隠伎(いき)の三子の嶋を生み・次に筑紫(つくし)嶋(しま)を生み・伊(い)岐(き)嶋(しま)を生み・次に津嶋を生み・次に佐度嶋を生み・最後に大きな大倭(おおやまと)豊(とよ)秋(あき)津(つ)嶋を生まれた。全てイザナキ神とイザナミ神とが国生みに造られた島々は大小合わせ十四島であった。
国生みをされた後は、神生みに取り掛かられた。

最初に住居に関わる神々の七神を生まれた。
次に海・河口・風・霧・野・峡谷・迷い路・木など自然に関する神々と孫神を含め二十四神を生まれ、次に生産に関する神々を生み始めて三神目の火之迦(ひのか)具土(ぐつち)神(かみ)を生んだ時には難産で陰部に火傷を負ってしまった。
病床で苦しみながら嘔吐(おうと)や糞(ふん)や尿から穀物・鉱山・土・生成の神など八神の神々が生まれた。
 結果、イザナキ神とイザナミ神の間に生まれた島々は十四島、神々は三十五神が生まれたことになる。
イザナミ神は火傷がもとで病床に就き亡くなったしまった。イザナキ神は泣き悲しみ足元にすがったが、どうすること出来ず遺骸(いがい)を出雲国と伯伎(ほうき)国(くに)の境い目の比婆山(ひばやま)に葬った。
愛する妻を失ったイザナキ神の怒りは収まらずイザナキ神は十握の剣を抜き、「いとしい我妻よ、お前ひとりを引き換えに出来ようか」我子の迦(か)具土(ぐつち)を切ってしまわれた。
そして横たわる妻の枕もとに腹這いになって声を上げて泣かれた。
火之迦具土の体からは血が飛び散って、血液から八神が生まれ、頭部・胸部・右腕・左腕・腹部・右足・左足・陰部・十拳剣などから十八神々が生まれた。

★天上界の神々が地上に舞い降りる情景から天地の内の地上の創世が次始まる。
言わば天上界から力によって地上界が形成される構図になっている。
この点に於いて天上界は絶対的な支配者である。
その使者がイザナキ神・イザナミ神である。
最初にイザナキ・イザナミ神が天の浮橋から沼矛をかき混ぜ、その沼矛から滴り落ちた塩が積り固まった所が、オノゴロ島である。その島に天の御柱を立て八尋殿を建てた。
二人の神はイザナキ男神・イザナミ女神として交わり「交合」をして「国生み」を始め、瑞穂の国の創世として、淡路島・四国・次に隠岐の島・九州を生み、壱岐島・対馬を生み・佐渡島を生んで最後に本州を生んだ。
国生みと言う大役を終えて帰りに、吉備の児島、瀬戸内海の小豆島、次に大島、次に女島を、次に両児嶋を生まれた。
先に生まれた国生みの島々を大八嶋国と言う。後から生まれた児嶋は島で合計十四島の国生みがなされた。
次に神生みは、土石・石・砂・住居の出入り口・家屋・風・海・水・次に女神などからイザナキ神・イザナミ神の間に生れ神と、孫神十六神、合わせて三十四神生まれた。(記述には三十五神)
イザナミ神が火傷を負って死の間際に嘔吐や糞や尿などから鉱物・穀物など生産に関わる神々など合わせ十八神が生まれた。
万物創生に神々を生むにはイザナキ神・イザナミ神の夫婦神だけでは成り立たず、孫神などによって森羅万象の現象の神々を生めることになった。
こう言った生れた神々に役割を与え、存在理由と存在意味の大義名分を付けて出現させるには、大変な想像力が必要とさせるものである。
それぞれに配置が求められ、自然界に神として存在させる。
所がイザナキ神の出産で火の神、火之迦具土神を生んで火傷を負って死んでしまった。

☆国生み神生みの説話の場面はイザナキ神とイザナミ神の夫婦神によって、島々も神々も天地創造を展開していく。
森羅万象の神々を創出するには多岐にわたる壮大な偉業である。
そこには子神が神を産み、イザナキ神とイザナミ神を助けて行く。
その構成には緻密でなければならない。
説話の中でイザナミ神が火の神を生んで陰部に火傷を負って死んでしまう、想定すらできない火の神の出産、神が死ぬ、人間と同じように死後の世界がある。
黄泉の国がそれで、心憎い設定である。

●伊邪那岐・伊邪那美の神生み
◎伊邪那(いざな)岐(ぎ)神(かみ)◎伊邪那(いざな)美(み)神(かみ)の国生みを経て、二神は更に神生みに取り掛かった。
◇大事(おおこと)忍男(おしおの)神(かみ)◇石(いわ)土毘(つび)古神(こかみ)◇石(いわ)巣比売(すひめ)神(かみ)◇大戸(おおと)日(ひ)別(わけ)神(かみ)◇天之吹男(あまのふきおとこ)神(かみ)を生み、次に◇大屋毗(おおやび)古神(こかみ)◇風(かざ)木津別之(もつわけ)忍男(おしおの)神(かみ)。
次に海の神◇大綿津(おおわたつ)見(み)神(かみ)・
次は河の神、◇速(はや)秋津(あきつ)日子(ひこ)神(かみ)◇妹速秋津比売(いもはやあきつひめ)神(かみ)この
◎二神ハヤアキツヒコノ・イモハヤアキチヒメノ、より海、川を司る八神が生まれる。
◇沫那(あわな)芸(ぎ)神(かみ)◇沫那(つらなぎ)美(み)神(かみ)◇頻那(つらな)芸(ぎ)神(かみ)◇頬那(つらな)美(み)神(かみ)◇天之水分神◇国之水分(くにのみずくまりの)神(かみ)◇天之久比奢母(あめのきくひざもての)智(ち)神(かみ)◇国之久比奢母(くにのひざもじの)智(ちの)神(かみ)の神々を生んだ。
次に風の神、◇志那(しな)都比(つひ)古神(こかみ)・木の神、◇久久(くく)能(のう)智(ち)神(かみ)・山の神、◇大山津(おおやまつ)見(み)神(かみ)・野の神、◇鹿屋野比売(かやのひめ)神(かみ)が生まれた。
○オオヤマツツミ神とカヤノヒメ神との二神の間に八神が生まれた。
◇天之狭土(まえのさずち)神(かみ)◇国之狭土(くにのさづち)神(かみ)◇天之(あまの)狭霧(さきり)神(かみ)◇国之(くにの)狭霧(さきり)神(かみ)
◇天之(あまの)闇(くら)戸(と)神(かみ)◇国之(くにの)闇(くら)戸(と)神(かみ)◇大戸(おおと)或子(とまとひ)神(かみ)◇大戸(おおと)或(まとひ)女神(めがみ)の八神を生んだ。
◇次にイザナキ命とイザナミ命の間に三神を生んだ。
◇鳥之(とりの)石(いは)楠(く)船(ふね)神(かみ)◇大冝都比売(おおげつめ)神(かみ)○次に生んだ神が『古事記』の重要な役割と物語に大きく影響する存在となる。
◇火之夜芸速男(ひのはやぎはやお)神(かみ)またの名を火之迦(ひのか)具土(ぐつち)神(かみ)が生まれた。
◇火之迦(ひのか)具土(ぐつち)神(かみ)=『記紀』イザナキ神・イザナミ神の間に生まれた神であるが、誕生の際、火の神の為に火傷を負わせて焼死させ、父に斬り殺される。
◇イザナミ命がヒノカグツチ神を生んで、火傷を負って病み六神を生んだ。
病の中、嘔吐(おうと)から二神◇金山毗(かなやまび)古神(こかみ)◇金山毗売(かなやまびめ)神(かみ)が生まれた。
次に糞から生まれた二神◇波(はに)迹夜湏毗(やすすびこ)古神(こかみ)◇波(なに)迹夜湏毗売(やすびめ)神(かみ)次に尿から生まれた二神は◇弥都波能売(みつはのめ)神(かみ)◇和久産(わくむ)巣(す)日(ひ)神(かみ)が生まれ、ワクムスヒ神から◇豊宇気毗売(とようけびめ)神(かみ)が生まれた。イザナミ命がヒノカグツチ神を生んで病んで生まれた神々は七神生まれた。
◇イザナキ神とイザナミ神の間に生まれた神は孫神を含め、住居に関する神々が七神が生まれ、自然現象に関係する神々が二十三神生まれ、生産の関する神々の十神が生まれた。
これらの神以外に森羅万象を司る神々が鉱山や食料、山道、霧や峡谷、泡、凪さ波、水面など多彩にわたって生まれている。尿、糞、嘔吐などは農業に関係する神々の誕生になっている。
◇火の神については火鑚臼と火鑚杵があって、火鑚臼は女性の陰部を表し、火鑚杵は男性の男根を表している。
◇火神迦(か)具土(ぐつち)神(かみ)とイザナミ命の死
「愛しき我がなに妹の命を子の一木に易へむと謂ふや」(愛しい我が妻よ、お前の子一匹など引き換えにできようか)イザナミ神が横たわる遺体の枕もとを腹這いに大声で泣いて悲しみ、その涙で奈良香久山畝傍の木本に鎮座する神、泣沢女神である。
イザナミ命は火神迦具土神(かみ)を生んだ時に陰部に火傷を負い、病床のなか七神を生みやがて死んでしまう。
イザナキ命は嘆き悲しみ、イザナミ命の遺体を出雲の国と伯耆国の境界にある、比婆の山に葬った。
火神カグツチ神の出産で死んだ怒りは、カグツチ神に向けられ、イザナキ命は十拳の剣でその子カグツチ神の頸を切り捨てた。
◎すると剣先に着いた血が飛び散り、岩のなどに神聖な血がかかり、
その血液から◇石(いわ)折(さく)神(かみ)・◇根(ね)草(くさ)神(かみ)・◇石筒之男(いしはつつのおとこ)神(かみ)の三神が生まれた。
◎次に剣の本に着いた血液から◇甕速(みかやはや)日(ひ)神(かみ)・◇樋速日神・◇建御雷之男(たけみかづちのおとこ)神(かみ)の三神が生まれた。
◎剣の手上に付着した血液から◇闇淤(くらお)加美(かみ)神(かみ)・◇闇淤津羽(くらおつみ)神(かみ)が生まれた。
血液から生まれた神々は八神生まれた。
◎次に体の部分から生まれた神は、頭より生まれた神は◇正鹿山津見神次に胸から生まれた神は◇
淤(おど)勝山津(かつやまつ)見(み)神(かみ)次に腹か生まれた神は◇奥山津(おくやまつ)見(み)神(かみ)・次に陰(ほと)から生まれた神は闇山津(やみやまつ)見(み)神(かみ)・次に左手から生まれた神は◇志(し)芸山津(ぎやまつ)見(み)神(かみ)・次に右手から生まれた神は◇羽山津(はやまつ)美(み)神(かみ)・次に左足から生まれた神は◇原山津(はらやまつ)美(み)神(かみ)・次に右足から生まれた神は◇戸山津(とやまつ)美(み)神(かみ)まで八神が生まれた。
◎カグツチ神の遺体から生まれた神々は血液から八神、体の部分から生まれた神々は八神で一六神が生まれた。またカグツチ神が切られた剣の名は天之尾羽張という。
◎イザナキ命とイザナミ命の神生みで、火神カグツチ神の出産は深読みすれば、古代創世記に氏族、部族の内部紛争、国内の反乱があった挿入話かもしれない。※歴史をたどれば、時代に生きた、先人の喜怒哀楽の生きざまが見えてくる。



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Author:侏儒のつぶやき
趣味歴史。歴史研究会に参加。フェイスブック「史跡探訪と歴史の調べの会」管理。
著書多数。歴研出版より「平安僧兵奮戦記」自費出版「古事記が語る古代の世界」「古事記が描く説話の憧憬」『芭蕉紀行世情今昔』他多数。

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