「京都古社寺探訪」興聖寺・京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。日本曹洞宗最初の寺院で僧堂がある

「京都古社寺探訪」興聖寺・京都府宇治市にある曹洞宗の寺院。日本曹洞宗最初の寺院で僧堂がある。山号は仏徳山(ぶっとくさん)。本尊は釈迦三尊。参道は「琴坂」と称し、宇治十二景の1つに数えられている。道元は宋から安貞元年(1227年)に帰国、しばらく建仁寺に身を寄せた後、同寺を去って深草(現在の京都市伏見区深草)の安養院に閑居した。寛喜元年(1229年)頃のこととされる。安養院はかつて深草にあった藤原氏ゆかりの...

「史跡探訪」紀伊路(中辺路)」熊野三山への参詣道・熊野古道のひとつ。淀川河口の渡辺津(摂津国)から一路南下、和

「史跡探訪」紀伊路(中辺路)」熊野三山への参詣道・熊野古道のひとつ。淀川河口の渡辺津(摂津国)から一路南下、和泉国を経て、雄ノ山峠を越えて紀伊国に入り、紀伊田辺からは大塔山地周縁部を東進して熊野本宮大社に至り、熊野速玉大社・熊野那智大社を結ぶ。近世までに紀伊田辺以東の部分が中辺路(なかへち)の名で区分されるようになったが(後述)、本項目にて扱う。紀伊路は畿内と熊野三山を結ぶ参詣道である。熊野古道の...

『戦後日本の あの日あの時』170「昭和34年世情・娯楽」 ◎3月、中田機化鉱業、証券用ボールペン◎共同通信、通信用伝書鳩を廃止。◎芝浦電気、ビデオ・テープレコダー ◎6月、朝日新聞社、札幌でファクシミリ伝送受像機 ◎7月、雑司ケ谷霊園

『戦後日本の あの日あの時』170「昭和34年世情・娯楽」◎3月、中田機化鉱業、証券用ボールペンを発売。60年には銀行でも使用。◎共同通信、通信用伝書鳩を廃止。◎芝浦電気、ビデオ・テープレコダー実用機の公開実験に成功。◎4月、兵庫県で白タク登場、以後各地広がる。◎6月、朝日新聞社、札幌でファクシミリ伝送受像機による印刷発行開始(新聞社では世界初)◎7月、雑司ケ谷霊園に3段階建ての墓登場。墓のアパート。◎児...

「西国四十九薬師巡り」雲龍院・真言宗泉涌寺派・京都市東山区泉涌寺山内町・●皇室ゆかりの写経道場・雲龍院は真言宗の総本山泉涌寺の別格本山

「西国四十九薬師巡り」雲龍院・真言宗泉涌寺派・京都市東山区泉涌寺山内町・(私が訪れた時に写経を熱心に大勢の人たちが黙々と書いていた)●皇室ゆかりの写経道場・雲龍院は真言宗の総本山泉涌寺の別格本山で、境内の一番奥まったところにある。泉涌寺は、東山三十六峯の南端、月輪山麓の清らかな湧き水のほとばしる仙境にあり、約四万坪の広さを備えている。皇室のご菩提所として、特異な格調高い法域でもあります。諸宗兼学の...

京都十六社巡り・六孫王神社・祭神・六孫王大神(源経基)相殿八幡大神・ 京都市南区壬生通八条・江戸時代五代将軍綱吉の六孫王

 京都十六社巡り・六孫王神社・祭神・六孫王大神(源経基)相殿八幡大神・京都市南区壬生通八条・江戸時代五代将軍綱吉の六孫王は、清和天皇の六男を父として生まれ、経基と名づけられたが、皇室では六男の六と天皇の孫ということで六孫王と呼ばれていた。十五才にて元服、源の姓を賜わり、先例に従い臣籍に加えられたとある。承平・天慶の乱に東国・西国の追討使を承り、現地に赴き凱旋の後、鎮守府将軍に任じられた。王は現在の...